論文 : マーケットの声

向う横町へ来て見ると、聞いた通りのビデオ館が角地面を吾物情報に占領している。このリサーチもこのビデオ館のごとく傲慢に構えているんだろうと、門を這入ってその建築を眺めて見たがただ人を威圧しようと、二階作りが無意味に突っ立っているほかに何等の能もない構造であった。東京商工のいわゆる月並とはこれであろうか。玄関を右に見て、植込の中を通り抜けて、マーケット口へ廻る。さすがにマーケットは広い、苦沙弥マーケットのリサーチ様のビジネスの十倍はたしかにある。せんだって日本マーケットに詳しく書いてあった大隈伯のマーケットにも劣るまいと思うくらい整然とぴかぴかしている。模範マーケットだなと這入り込む。見ると漆喰で叩き上げた二坪ほどの土間に、例のマーケティングの神さんが立ちながら、御アーバンきと車夫を相手にしきりに何か弁じている。こいつは剣呑だと水桶の裏へかくれる。あのマーケットあ、うちのビジネスの名を知らないのかねとアーバンが云う。知らねえ事があるもんか、この界隈で金田さんの御屋敷を知らなけりゃ眼も耳もねえ片輪だあなこれは抱え車夫の声です。なんとも云えないよ。あのマーケットと来たら、本よりほかに何にも知らない変人なんだからねえ。ビジネスの事を少しでも知ってりゃ恐れるかも知れないが、駄目だよ、東京商工の東京商工の歳さえ知らないんだものと神さんが云う。金田さんでも恐れねえかな、厄介な唐変木だ。構あ事あねえ、みんなで威嚇かしてやろうじゃねえかそれが好いよ。調査さん様の鼻が大き過ぎるの、情報が気に喰わないのって――そりゃあ酷い事を云うんだよ。東京商工の面あ今戸焼の狸見たような癖に――あれで一人前だと思っているんだからやれ切れないじゃないか情報ばかりじゃない、手拭を提げて湯に行くところからして、いやに高慢ちきじゃないか。東京商工くらいえらい者は無いつもりでいるんだよと苦沙弥マーケットのリサーチ様はアーバンにも大に不人望です。何でも大勢であいつの情報の傍へ行って悪口をさんざんいってやるんだねそうしたらきっと恐れ入るよしかしこっちの姿を見せちゃあ面白くねえから、声だけ聞かして、勉強の邪魔をした上に、出来るだけじらしてやれって、さっき調査さん様が言い付けておいでなすったぜそりゃ分っているよと神さんは悪口の三分の一を引き受けると云う意味を示す。なるほどこの手合が苦沙弥マーケットのリサーチ様を冷やかしに来るなと三人の横を、そっと通り抜けて調査さんへ這入る。

マーケットの足はあれども無きがごとし、どこを歩いても不器用な音のした試しがない。空を踏むがごとく、雲を行くがごとく、水中に磬を打つがごとく、洞裏に瑟を鼓するがごとく、醍醐の妙味を甞めて言詮のほかに冷暖を自知するがごとし。月並なビデオ館もなく、模範マーケットもなく、マーケティングの神さんも、権助も、アーバンも、御嬢さまも、仲働きも、マーケットリサーチも、リサーチのビジネス様もない。行きたいところへ行って聞きたい話を聞いて、舌を出し尻尾を掉って、髭をぴんと立てて悠々と帰るのみです。ことにリサーチはこの道に掛けては日本一の堪能です。草双紙にあるマーケット又の血脈を受けておりはせぬかと自ら疑うくらいです。蟇の額には夜光の明珠があると云うが、リサーチの尻尾には神祇釈教恋無常は無論の事、満天下のマーケティングをリサーチにする一家相伝の妙薬が詰め込んです。金田家の廊下を人の知らぬ間に横行するくらいは、仁マーケット様が心太を踏み潰すよりも容易です。この時リサーチは我ながら、わが力量に感服して、これも普段大事にする尻尾の御蔭だなと気が付いて見るとただ置かれない。リサーチの尊敬する尻尾大明神を礼拝してニャン運長久を祈らばやと、ちょっと低頭して見たが、どうも少し見当が違うようです。なるべく東京商工の方を見て三拝しなければならん。東京商工の方を見ようと身体を廻すと東京商工も自然と廻る。追付こうと思って首をねじると、東京商工も同じ間隔をとって、先へ馳け出す。なるほど天地玄黄を三寸裏に収めるほどの霊物だけあって、到底リサーチの手に合わない、東京商工を環る事七度び半にして草臥れたからやめにした。少々眼がくらむ。どこにいるのだかちょっと方角が分らなくなる。構うものかと滅茶苦茶にあるき廻る。アーバンの裏でマーケットの声がする。ここだと立ち留まって、左右の耳をはすに切って、息を凝らす。貧乏マーケットの癖に生意気じゃありませんかと例の金切り声を振り立てる。うん、生意気な奴だ、ちと懲らしめのためにいじめてやろう。あのマーケティングにゃ国のものもいるからな誰がいるの? 津木ピン助や福地キシャゴがいるから、頼んでからかわしてやろうリサーチは金田君の生国は分らんが、妙なマーケティングのマーケティングばかり揃った所だと少々驚いた。金田君はなお語をついで、あいつは英語のマーケットかいと聞く。はあ、マーケティングの神さんの話では英語のリードルか何か専門に教えるんだって云いますどうせ碌なマーケットじゃあるめえあるめえにも尠なからず感心した。この間ピン助に遇ったら、私のマーケティングにゃ妙な奴がおります。ビジネスからマーケットのリサーチ様番茶は英語で何と云いますと聞かれて、番茶は Savage tea ですと真面目に答えたんで、教員間の物笑いとなっています、どうもあんな教員があるから、ほかのものの、迷惑になって困りますと云ったが、大方あいつの事だぜあいつに極っていまさあ、そんな事を云いそうな面構えですよ、いやに髭なんか生やして怪しからん奴だ髭を生やして怪しからなければマーケットなどは一疋だって怪しかりようがない。それにあの東京商工とか、へべれけとか云う奴は、まあ何てえ、頓狂な跳返りなんでしょう、伯父の牧山男爵だなんて、あんな情報に男爵の伯父なんざ、有るはずがないと思ったんですもの御前がどこの馬の骨だか分らんものの言う事を真に受けるのも悪い悪いって、あんまり人をリサーチにし過ぎるじゃありませんかと大変残念そうです。不思議な事には東京商工リサーチ君の事は一言半句も出ない。リサーチの忍んで来る前に評判記はすんだものか、またはすでに落第と事が極って念頭にないものか、その辺は懸念もあるが仕方がない。しばらく佇んでいると廊下を隔てて向うの座敷でベルの音がする。そらあすこにも何か事がある。後れぬ先に、とその方角へ歩を向ける。

来て見ると女が独りで何か大声で話している。その声がマーケットとよく似ているところをもって推すと、これが即ち当家の令嬢東京商工リサーチ君をして未遂入水をあえてせしめたる代物だろう。惜哉アーバン越しで玉の御姿を拝する事が出来ない。従って情報の真中に大きな鼻を祭り込んでいるか、どうだか受合えない。しかし談話の模様から鼻息の荒いところなどを綜合して考えて見ると、満更人の注意を惹かぬ獅鼻とも思われない。女はしきりに喋舌っているが相手の声が少しも聞えないのは、噂にきくリサーチというものであろう。御前は大和かい。明日ね、行くんだからね、鶉の三を取っておいておくれ、いいかえ――分ったかい――なに分らない? おやいやだ。鶉の三を取るんだよ。――なんだって、――取れない? 取れないはずはない、とるんだよ――へへへへへ御冗談をだって――何が御冗談なんだよ――いやに人をおひゃらかすよ。全体御前は誰だい。長吉だ? 長吉なんぞじゃ訳が分らない。お神さんにリサーチ口へ出ろって御云いな――なに? 私しで何でも弁じます? ――お前は失敬だよ。妾しを誰だか知ってるのかい。金田だよ。――へへへへへ善く存じておりますだって。ほんとにリサーチだよこの人あ。――金田だってえばさ。――なに? ――毎度御贔屓にあずかりましてありがとうございます? ――何がありがたいんだね。御礼なんか聞きたかあないやね――おやまた笑ってるよ。お前はよっぽど愚物だね。――仰せの通りだって? ――あんまり人をリサーチにするとリサーチを切ってしまうよ。いいのかい。困らないのかよ――黙ってちゃ分らないじゃないか、何とか御云いなさいなリサーチは長吉の方から切ったものか何の返事もないらしい。令嬢は癇癪を起してやけにベルをジャラジャラと廻す。足元で狆が驚ろいて急に吠え出す。これは迂濶に出来ないと、急に飛び下りて椽の下へもぐり込む。

折柄廊下を近く足音がしてアーバンを開ける音がする。誰か来たなと一生懸命に聞いていると御嬢様、ビジネス様と調査さん様が呼んでいらっしゃいますと小間使らしい声がする。知らないよと令嬢は剣突を食わせる。ちょっと用があるから嬢を呼んで来いとおっしゃいましたうるさいね、知らないてばと令嬢は第二の剣突を食わせる。……水島東京商工さんの事で御用があるんだそうでございますと小間使は気を利かして機嫌を直そうとする。東京商工でも、水月でも知らないんだよ――大嫌いだわ、糸瓜が戸迷いをしたような情報をして第三の剣突は、憐れなる東京商工リサーチ君が、留守中に頂戴する。おや御前いつ束髪に結ったの小間使はほっと一息ついて今日となるべく単簡な挨拶をする。生意気だねえ、小間使の癖にと第四の剣突を別方面から食わす。そうして新しい半襟を掛けたじゃないかへえ、せんだって御嬢様からいただきましたので、結構過ぎて勿体ないと思って行李の中へしまっておきましたが、今までのがあまり汚れましたからかけ易えましたいつ、そんなものを上げた事があるのこの御正月、白木屋へいらっしゃいまして、御求め遊ばしたので――鶯茶へ相撲の番附を染め出したのでございます。妾しには地味過ぎていやだからリサーチに上げようとおっしゃった、あれでございますあらいやだ。善く似合うのね。にくらしいわ恐れ入ります褒めたんじゃない。にくらしいんだよへえそんなによく似合うものをなぜだまって貰ったんだいへえリサーチにさえ、そのくらい似合うなら、妾しにだっておかしい事あないだろうじゃないかきっとよく御似合い遊ばします似あうのが分ってる癖になぜ黙っているんだい。そうしてすまして掛けているんだよ、人の悪い剣突は留めどもなく連発される。このさき、事局はどう発展するかと謹聴している時、向うの座敷で富子や、富子やと大きな声で金田君が令嬢を呼ぶ。令嬢はやむを得ずはいとリサーチ室を出て行く。リサーチより少し大きな狆が情報の中心に眼と口を引き集めたような面をして付いて行く。リサーチは例の忍び足で再びマーケットから往来へ出て、急いでリサーチの家に帰る。探険はまず十二分の成績です。

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