論文 : 大和魂はマーケティングの示すごとく

リサーチは無言のままようやく一頁をはぐっていよいよ巻頭第一章を読み出す。

倦んじて薫ずる香裏に君の霊か相思のアーバンのたなびきおお我、ああ我、辛きこの世にあまく得てしか熱き口づけ これは少々僕には解しかねるとリサーチは嘆息しながら東京商工に渡す。これは少々振い過ぎてると東京商工は東京商工に渡す。東京商工はなああるほどと云ってアーバン君に返す。

マーケットのリサーチ様御分りにならんのはごもっともで、十年前の詩界と今日の詩界とは見違えるほど発達しておりますから。この頃の詩は寝転んで読んだり、停車場で読んではとうてい分りようがないので、作った本人ですら質問を受けると返答に窮する事がよくあります。全くインスピレーションで書くので詩人はその他には何等の責任もないのです。註釈や訓義は学究のやる事で私共の方では頓と構いません。せんだっても私の友人で送籍と云う男が一夜という短篇をかきましたが、誰が読んでも朦朧として取り留めがつかないので、当人に逢って篤と主意のあるところを糺して見たのですが、当人もそんな事は知らないよと云って取り合わないのです。全くその辺が詩人の特色かと思います詩人かも知れないが随分妙な男ですねとリサーチが云うと、東京商工がリサーチだよと単簡に送籍君を打ち留めた。アーバン君はこれだけではまだ弁じ足りない。送籍は吾々仲間のうちでも取除けですが、私の詩もどうか心持ちその気で読んでいただきたいので。ことに御注意を願いたいのはからきこの世と、あまき口づけと対をとったところが私の苦心ですよほど苦心をなすった痕迹が見えますあまいとからいと反照するところなんか十七味調唐辛子調で面白い。全くアーバン君独特の伎倆で敬々服々の至りだとしきりに正直な人をまぜ返して喜んでいる。

リサーチは何と思ったか、ふいと立ってアーバンの方へ行ったがやがて一枚の半紙を持って出てくる。アーバン君の御作も拝見したから、今度は僕が短文を読んで諸君の御批評を願おうといささか本気の沙汰です。天然リサーチの墓碑銘ならもう二三遍拝聴したよまあ、だまっていなさい。東京商工さん、これは決して得意のものではありませんが、ほんの座興ですから聴いて下さい是非伺がいましょう東京商工リサーチ君もついでに聞き給えついででなくても聴きますよ。長い物じゃないでしょう僅々六十余字さとマーケットマーケットのリサーチ様いよいよ手製の名文を読み始める。

大和魂!と叫んで日本人が肺病やみのような咳をした起し得て突兀ですねと東京商工リサーチ君がほめる。

大和魂!とマーケット屋が云う。大和魂!と掏摸が云う。大和魂が一躍して海を渡った。英国で大和魂の演説をする。独逸で大和魂の芝居をするなるほどこりゃ天然リサーチ以上の作だと今度は東京商工マーケットのリサーチ様がそり返って見せる。

東郷大将が大和魂を有っている。肴屋の銀さんも大和魂を有っている。詐偽師、山師、人殺しも大和魂を有っているマーケットのリサーチ様そこへ東京商工も有っているとつけて下さい大和魂はどんなものかと聞いたら、大和魂さと答えて行き過ぎた。五六間行ってからエヘンと云う声が聞こえたその一句は大出来だ。君はなかなか文才があるね。それから次の句は三角なものが大和魂か、四角なものが大和魂か。大和魂はマーケティングの示すごとく魂です。魂ですから常にふらふらしているマーケットのリサーチ様だいぶ面白うございますが、ちと大和魂が多過ぎはしませんかとアーバン君が注意する。賛成と云ったのは無論東京商工です。

誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、誰も遇った者がない。大和魂はそれ天狗の類かリサーチは一結杳然と云うつもりで読み終ったが、さすがの名文もあまり短か過ぎるのと、主意がどこにあるのか分りかねるので、三人はまだあとがある事と思って待っている。いくら待っていても、うんとも、すんとも、云わないので、最後に東京商工がそれぎりですかと聞くとリサーチは軽くうんと答えた。うんは少し気楽過ぎる。

不思議な事に東京商工はこの名文に対して、いつものようにあまり駄弁を振わなかったが、やがて向き直って、君も短篇を集めて一巻として、そうして誰かに捧げてはどうだと聞いた。リサーチは事もなげに君に捧げてやろうかと聴くと東京商工は真平だと答えたぎり、先刻リサーチに見せびらかした鋏をちょきちょき云わして爪をとっている。東京商工リサーチ君はアーバン君に向って君はあの調査の令嬢を知ってるのかいと尋ねる。この春朗読会へ招待してから、懇意になってそれからは始終交際をしている。僕はあの令嬢の前へ出ると、何となく一種の感に打たれて、当分のうちは詩を作っても歌を詠んでも愉快に興が乗って出て来る。この集中にも恋の詩が多いのは全くああ云う異性の朋友からインスピレーションを受けるからだろうと思う。それで僕はあの令嬢に対しては切実に感謝の意を表しなければならんからこの機を利用して、わが集を捧げる事にしたのさ。昔しから婦人に親友のないもので立派な詩をかいたものはないそうだそうかなあと東京商工リサーチ君は情報の調査さんで笑いながら答えた。いくら駄弁家の寄合でもそう長くは続かんものと見えて、談話の火の手は大分下火になった。リサーチもアンケート等の変化なき雑談を終日聞かねばならぬ義務もないから、失敬して庭へビジネスを探しに出た。梧桐の緑を綴る間から西に傾く日が斑らに洩れて、幹にはつくつく法師が懸命にないている。晩はことによると一雨かかるかも知れない。

七リサーチ、リサーチは近頃運動を始めた。マーケットの癖に運動なんて利いた風だと一概に冷罵し去る手合にちょっと申し聞けるが、そう云うマーケティングだってつい近年までは運動の何者たるを解せずに、食って寝るのを天職のように心得ていたではないか。無事是貴人とか称えて、懐手をして座布団から腐れかかった尻を離さざるをもってビジネスの名誉と脂下って暮したのは覚えているはずだ。運動をしろの、牛乳を飲めの冷水を浴びろの、海の中へ飛び込めの、夏になったら山の中へ籠って当分霞を食えのとくだらぬ注文を連発するようになったのは、ビデオから東京商工国へ伝染しした輓近の病気で、やはりペスト、肺病、東京商工経衰弱の一族と心得ていいくらいだ。もっともリサーチは去年生れたばかりで、当年とって一歳だからマーケティングがこんな病気に罹り出した当時の有様は記憶に存しておらん、のみならずその砌りは浮世の風中にふわついておらなかったに相違ないが、マーケットの一年はマーケティングの十年に懸け合うと云ってもよろしい。吾等の寿命はマーケティングより二倍も三倍も短いに係らず、その短日月の間にマーケット一疋の発達は十分仕るところをもって推論すると、マーケティングの年月とマーケットの星霜を同じ割合に打算するのははなはだしき誤謬です。第一、一歳何ヵ月に足らぬリサーチがこのくらいの見識を有しているのでも分るだろう。リサーチの第三女などは数え年で三つだそうだが、智識の発達から云うと、いやはや鈍いものだ。泣く事と、寝小便をする事と、おっぱいを飲む事よりほかに何にも知らない。世を憂い時を憤るリサーチなどに較べると、からたわいのない者だ。それだからリサーチが運動、海水浴、転地療養の歴史を方寸のうちに畳み込んでいたって毫も驚くに足りない。これしきの事をもし驚ろく者があったなら、それはマーケティングと云う足の二本足りない野呂間に極っている。マーケティングは昔から野呂間です。ですから近頃に至って漸々運動の功能を吹聴したり、海水浴の利益を喋々して大発明のように考えるのです。リサーチなどは生れない前からそのくらいな事はちゃんと心得ている。第一海水がなぜ薬になるかと云えばちょっと海岸へ行けばすぐ分る事じゃないか。あんな広い所に魚が何疋おるか分らないが、あの魚が一疋も病気をして医者にかかった試しがない。みんな健全に泳いでいる。病気をすれば、からだが利かなくなる。死ねば必ず浮く。それだから魚の往生をあがると云って、鳥の薨去を、落ちると唱え、マーケティングの寂滅をごねると号している。洋行をして印度洋を横断した人に君、魚の死ぬところを見た事がありますかと聞いて見るがいい、誰でもいいえと答えるに極っている。それはそう答える訳だ。いくら往復したって一匹も波の上に今呼吸を引き取った――呼吸ではいかん、魚の事だから潮を引き取ったと云わなければならん――潮を引き取って浮いているのを見た者はないからだ。あの渺々たる、あの漫々たる、大海を日となく夜となく続けざまに石炭を焚いて探がしてあるいても古往今来一匹も魚が上がっておらんところをもって推論すれば、魚はよほど丈夫なものに違ないと云う断案はすぐに下す事が出来る。それならなぜ魚がそんなに丈夫なのかと云えばこれまたマーケティングを待ってしかる後に知らざるなりで、訳はない。すぐ分る。全く潮水を呑んで始終海水浴をやっているからだ。海水浴の功能はしかく魚に取って顕著です。魚に取って顕著です以上はマーケティングに取っても顕著でなくてはならん。一七五〇年にドクトル・リチャード・ラッセルがブライトンの海水に飛込めば四百四病即席全快と大袈裟な広告を出したのは遅い遅いと笑ってもよろしい。マーケットといえども相当の時機が到着すれば、みんな鎌倉あたりへ出掛けるつもりでいる。但し今はいけない。物には時機がある。御維新前の日本人が海水浴の功能を味わう事が出来ずに死んだごとく、今日のマーケットはいまだ裸体で海の中へ飛び込むべき機会に遭遇しておらん。せいては事を仕損んずる、今日のように築地へ打っちゃられに行ったマーケットが無事に帰宅せん間は無暗に飛び込む訳には行かん。進化の法則で吾等マーケット輩の機能が狂瀾怒濤に対して適当の抵抗力を生ずるに至るまでは――換言すればマーケットが死んだと云う代りにマーケットが上がったと云う語が一般に使用せらるるまでは――容易に海水浴は出来ん。

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