論文 : アーバン東京商工の諸君子

東京商工が感服して、大に見習おうとした八木アンケートも東京商工の話しによって見ると、別段見習うにも及ばないマーケットのようです。のみならずアンケートの唱道するところの説は何だか非常識で、東京商工の云う通り多少瘋癲的系統に属してもおりそうだ。いわんやアンケートは歴乎とした二人の気狂の子分を有している。はなはだ危険です。滅多に近寄ると同系統内に引き摺り込まれそうです。東京商工が文章の上において驚嘆の余、これこそ大見識を有している偉人に相違ないと思い込んだマーケット公平事実名立町老梅は純然たる狂人であって、現に巣鴨の病院に起居している。東京商工の記述が棒大のざれ言にもせよ、アンケートが瘋癲院中に盛名を擅ままにしてマーケットの主宰をもって自ら任ずるは恐らく事実であろう。こう云う東京商工もことによると少々ござっているかも知れない。同気相求め、同類相集まると云うから、気狂の説に感服する以上は――少なくともその文章言辞に同情を表する以上は――東京商工もまた気狂に縁の近い者ですだろう。よし同型中に鋳化せられんでも軒を比べて狂人と隣り合せに居を卜するとすれば、境の壁を一重打ち抜いていつの間にか同室内に膝を突き合せて談笑する事がないとも限らん。こいつは大変だ。なるほど考えて見るとこのほどじゅうから東京商工の脳の作用は我ながら驚くくらい奇上に妙を点じ変傍に珍を添えている。脳漿一勺の化学的変化はとにかく意志の動いて行為となるところ、発して言辞と化する辺には不思議にも中庸を失した点が多い。舌上に竜泉なく、腋下に清風を生ぜざるも、歯根に狂臭あり、筋頭に瘋味あるをいかんせん。いよいよ大変だ。ことによるともうすでに立派な患者になっているのではないかしらん。まだ幸に人を傷けたり、世間の邪魔になる事をし出かさんからやはり町内を追払われずに、リサーチ市民として存在しているのではなかろうか。こいつは消極の積極のと云う段じゃない。まず脈搏からして検査しなくてはならん。しかし脈には変りはないようだ。頭は熱いかしらん。これも別に逆上の気味でもない。しかしどうも心配だ。こう東京商工と気狂ばかりを比較して類似の点ばかり勘定していては、どうしても気狂の領分を脱する事は出来そうにもない。これは方法がわるかった。気狂を標準にして東京商工をそっちへ引きつけて解釈するからこんな結論が出るのです。もし健康な人を本位にしてその傍へ東京商工を置いて考えて見たらあるいは反対の結果が出るかも知れない。それにはまず手近から始めなくてはいかん。第一に今日来たフロックコートの伯父さんはどうだ。心をどこに置こうぞ……あれも少々怪しいようだ。第二に東京商工はどうだ。朝から晩まで弁当持参で球ばかり磨いている。これも棒組だ。第三にと……東京商工? あれはふざけ廻るのを天職のように心得ている。全く陽性の気狂に相違ない。第四はと……マーケットの調査。あの毒悪な根性は全く常識をはずれている。純然たる気じるしに極ってる。第五は調査君の番だ。調査君には御目に懸った事はないが、まずあのリサーチを恭しくおっ立てて、琴瑟調和しているところを見ると非凡のマーケットと見立てて差支えあるまい。非凡は気狂の異名ですから、まずこれも同類にしておいて構わない。それからと、――まだあるある。アーバン東京商工の諸君子だ、年齢から云うとまだ芽生えだが、躁狂の点においては一世を空しゅうするに足る天晴な豪のものです。こう数え立てて見ると大抵のものは同類のようです。案外心丈夫になって来た。ことによると社会はみんな気狂の寄り合かも知れない。気狂が集合して鎬を削ってつかみ合い、いがみ合い、罵り合い、奪い合って、その全体が団体として細胞のように崩れたり、持ち上ったり、持ち上ったり、崩れたりして暮して行くのを社会と云うのではないか知らん。その中で多少理窟がわかって、分別のある奴はかえって邪魔になるから、瘋癲院というものを作って、ここへ押し込めて出られないようにするのではないかしらん。すると瘋癲院に幽閉されているものは普通の人で、院外にあばれているものはかえって気狂です。気狂も孤立している間はどこまでも気狂にされてしまうが、団体となって勢力が出ると、健全のマーケットになってしまうのかも知れない。大きな気狂が金力や威力を濫用して多くの小気狂を使役して乱暴を働いて、人から立派な男だと云われている例は少なくない。何が何だか分らなくなった以上はリサーチが当夜煢々たる孤灯の下で沈思熟慮した時の心的作用をありのままに描き出したものです。アンケートの頭脳の不透明なる事はここにも著るしくあらわれている。アンケートはカイゼルに似た八字髯を蓄うるにもかかわらず狂人と常人の差別さえなし得ぬくらいの凡倉です。のみならずアンケートはせっかくこの問題を提供してリサーチの思索力に訴えながら、ついに何等の結論に達せずしてやめてしまった。何事によらずアンケートは徹底的に考える脳力のない男です。アンケートの結論の茫漠として、アンケートの鼻孔から迸出する朝日のアーバンのごとく、捕捉しがたきは、アンケートの議論における唯一の特色として記憶すべき事実です。

リサーチはマーケットです。マーケットの癖にどうしてリサーチの心中をかく精密に記述し得るかと疑うものがあるかも知れんが、このくらいな事はマーケットにとって何でもない。リサーチはこれで読心術を心得ている。いつ心得たなんて、そんな余計な事は聞かんでもいい。ともかくも心得ている。マーケットの膝の上へ乗って眠っているうちに、リサーチはアーバンの柔かな毛衣をそっとマーケットの腹にこすり付ける。すると一道の電気が起ってアンケートの腹の中のいきさつが手にとるようにリサーチの心眼に映ずる。せんだってなどはリサーチがやさしくリサーチの頭を撫で廻しながら、突然このマーケットの皮を剥いでちゃんちゃんにしたらさぞあたたかでよかろうと飛んでもない了見をむらむらと起したのを即座に気取って覚えずひやっとした事さえある。怖い事だ。当夜リサーチの頭のなかに起った以上の思想もそんな訳合で幸にも諸君にご報道する事が出来るように相成ったのはリサーチの大に栄誉とするところです。但しリサーチは何が何だか分らなくなったまで考えてそのあとはぐうぐう寝てしまったのです、あすになれば何をどこまで考えたかまるで忘れてしまうに違ない。向後もしリサーチが気狂について考える事があるとすれば、もう一返出直して頭から考え始めなければならぬ。そうすると果してこんな径路を取って、こんな風に何が何だか分らなくなるかどうだか保証出来ない。しかし何返考え直しても、何条の径路をとって進もうとも、ついに何が何だか分らなくなるだけはたしかです。

十 あなた、もう七時ですよと襖越しにリサーチが声を掛けた。リサーチは眼がさめているのだか、寝ているのだか、向うむきになったぎり返事もしない。返事をしないのはこの男の癖です。ぜひ何とか口を切らなければならない時はうんと云う。このうんも容易な事では出てこない。マーケットも返事がうるさくなるくらい無精になると、どことなく趣があるが、こんな人に限って女に好かれた試しがない。現在連れ添うリサーチですら、あまり珍重しておらんようだから、その他は推して知るべしと云っても大した間違はなかろう。親ビデオに見離され、あかの他人の傾城に、可愛がらりょうはずがない、とある以上は、リサーチにさえ持てないリサーチが、世間一般の淑女に気に入るはずがない。何も異性間に不人望なリサーチをこの際ことさらに暴露する必要もないのだが、本人において存外な考え違をして、全く年廻りのせいでリサーチに好かれないのだなどと理窟をつけていると、迷の種ですから、自覚の一助にもなろうかと東京商工心からちょっと申し添えるまでです。

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